IR(インベスターリレーションズ)とは、
企業が、株主や投資家に向けてさまざまな情報を提供する広報活動のこと。
経済・株式市場のグローバリゼーションが進み、金融や投資の環境が激変する中、日本では2000年頃から戦略的なIRの必要性が説かれるようになりました。
そんな中、積極的なIRをしていなかった日産化学への投資家からの関心は低いままでしたが、2012年、ようやく本格的なIRチームが立ち上がります。そして2020年には、「日産化学のIRは、他企業の模範となる」と外部の著名評価機関から複数の賞を受賞するほどになりました。
深村美佳は、2017年からIRチームに参加しているメンバー。
IRの活動を、セルフスタート研修(SS研修)のテーマにもしています。どうしてそれほどの成果を挙げられたのか。そうした活動を通じて何を感じ、考えたのか、聞きました。
担当は、新入社員の時に、深村のSS研修の発表を聞いた、人事部の山本佳奈です。
課題山積の
IRホームページを担当。
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深村さんは、入社3年目にIR担当に異動してこられたんですよね。これはどんな異動だったんですか。驚いたのか、希望通りだったのか。
深村
もといた部署の上長から、次に異動するとしたらどんな部署に興味がありますか、と話があって。挙げた一つがIRだったので驚かなかったですね。希望を汲んでいただいたのかなと思っています。
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よかったですね。そもそもどうしてIRに興味を?
深村
私は大学では商学部のゼミで企業価値評価を勉強していたんです。IRにつながるような内容だったので、実際の企業で、そういう企業価値を左右するような仕事を、投資家とコミュニケーションをしながらやってみたいなと思っていました。
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深村さんが入社された頃は、まだ日産化学は、それほど株式市場で注目される存在ではありませんでしたよね。その前には、株価が長らく日経平均のパフォーマンスを下回っている状況があったと聞いています。
深村
そうですね。それ以前の日産化学は、なかなか広報分野に手が回っていなかったところはあったと思います。ただ、私が来たときには、IRチームが本格的に立ち上がって数年経って、先輩たちの努力もあって成果が上がってきていた状況でした。
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異動後、セルフスタート研修(SS研修)のテーマに、IR活動、より具体的にはホームページの拡充を取り上げられたわけですが、これはどういう経緯ですか?
深村
異動後にすぐセルフスタート研修(SS研修)で、まだ私自身には日産化学のIRの課題が見えていなかったんですね。先輩や上司と相談をするなかで、課題の一つとしてIR向けホームページが上がったので、確かにそうだなと思い、SS研修のテーマとして取り上げました。
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最初は何から始めたのですか。
深村
まずは、当社のホームページの課題を洗い出すところですね。外部の評価機関が調査しているレポートがあります。その代表が日興アイ・アールの「全上場企業ホームページ充実度ランキング」のレポートなのですが、それらを参照しながら、当社ができているところ、できていないところを分析していきました。
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すると課題が見えてきたのですか?
深村
そうですね。同業他社と比べても、そもそもまず公開している情報の量が少なかったですし、載せていても、外から見つけられていない情報もあったんです。たとえば株主還元の配当性向の目標値など、すごく分かりにくいところに載っていました。
上場企業として株主に情報発信する上で、IR向けホームページは非常に大切なツールになっていたのですが、当社は、さまざま課題があって、まだこれからという状況でした。
“伝える”工夫をしたら、
“伝わった”。
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そんなにたくさん課題があると、どう対処していったんですか。
深村
すべてを一気に改善するのは難しかったので、重要性の高いものや、取り組みやすいものをピックアップしました。たとえば、世の中ではESGに関する情報発信の重要性が高まってきていたので、そのあたりの情報開示とか。外部の評価機関による調査が年に1回あり、まずはそれを目標にしてスケジュールを組みました。
※ESGとは、環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)の頭文字。
従来の財務情報とは異なるものだが、より良い経営をしている企業を表す指標として、企業投資の新しい判断基準とされている。 -
最初の外部評価が出たのは、2018年の12月。異動してからちょうど1年ほどですよね。1年間でどれほどの成果が出たのですか。
深村
評価が2段階上がって、最優秀サイトの一つに選ばれました。
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そんなにすぐ成果を挙げられたヒケツは?
深村
客観的な評価をもとに取り組むべきことを明確にしたことが、まず一つ。あと、部署の先輩・上司や、他の部署も含め、いろいろな方を巻き込んで、幅広い情報の拡充、ツールの導入ができたことが大きかったと思います。
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他の部署とは、たとえば?
深村
コーポレートサイトに関係する情報公開もあったので、そちらはCSR広報室と力を合わせました。新しいツールを入れるのには、情報システム室ですね。たとえば「チャートジェネレーター機能」という、見たい項目と期間を選択して動的なグラフを作ることができるツールを入れたのですが、そのためにセキュリティ上の問題をクリアしようとすると、綿密な手配やスケジューリングが必要なんです。そのあたりの知識を私は持っていなくて、簡単に考えていたので、情報システム室の協力がなければできませんでしたね。
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巻き込むためには、どんなことを工夫したのですか。
深村
この業務が今、なぜ必要なのかっていうことを、きちんと伝えることは意識しました。日産化学の社風なのだと思いますが、相談すれば親身になって一緒になって考えてくれる人が多いので、とても助けられましたね。
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そういうふうに協力してくれた部署もあって、1年後に外部から高い評価を受けられたと。そのときの周りの反応はどうだったんですか。
深村
評価の向上を一緒に喜んでくれたのが、すごくうれしかったですね。他の部署の皆さんが関わってくださる過程で、よりIRに関心を持ってもらえるようになったと思いますし、お互い顔が見えるようになって今後も何か新しいことに取り組みたいときに相談しやすい関係になりました。
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そして、2018年以降も日興アイ・アールの最優秀賞を受賞し続けているのですよね?
深村
そうですね。2021年で4年連続の受賞になっています。
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維持するためには、やはり継続的にリニューアルをしていくのですか。
深村
他の企業もどんどんリニューアルして良くなっていくので、何もしないと当社の順位が落ちてしまいます。細かいリニューアルは毎年やっていますね。
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深村さんのSS研修では、そうした取り組みや成果をレポートにまとめて発表したわけですね。
深村
そうです。発表にはまた発表の難しさがあって……。研究員も含めた多くの社員に向けて発表するので、IRに携わっている社員だけが理解できてもダメなんです。先輩たちからも、これじゃ伝わらないかもしれないとアドバイスをもらって。いろいろ工夫をしました。
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私も新入社員の時、その発表を聞きました。すごくわかりやすくて興味津々に聞いた覚えがあります。深村さんとしては、反応をどう受けとめられたのですか。
深村
新入社員や、研究所や工場など違う分野の社員のみなさんからも、興味深かったという声をいただきました。理解してもらうためにどうしようかと苦心して、それが結果につながったのは、うれしかったですね。
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私も含めて、大勢の社員がIRへの関心を持つ機会になったと思います。
深村
さらに最近は、IRチーム全体で社内への啓蒙に力を入れていて、社内報にIRの記事を連載したり、社員にアンケートをとったりしています。アンケートは500人以上から回答をもらい、社内でのIRへの理解や関心が高まっていると感じます。
できる限り開示していこう。
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深村さんは、ホームページだけではなく、他のIR業務にも携わっているのですよね。
深村
もちろん多岐にわたって携わっていまして、それらも強化しようと取り組んできました。まずは、決算説明会の資料の作成。当社の決算説明会資料って、非常にページ数が多くて。他企業の2〜3倍はあると思います。その公開データの豊富さが投資家に評価いただいているところでもあるのですが、その分、作成に非常に時間がかかるので、みんなで分担してやっていますね。
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どうしてそんなにすごいボリュームなのですか。
深村
CFO(最高財務責任者)の考えですね。「数字が説得力だ」とおっしゃって。メンバーみんなで「投資家に対して、できる限りさまざまなデータを開示していこう」という方針で進んできています。
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それで、2〜3倍も……。
深村
決算説明会自体の頻度も増やしました。今までは半期に一度、年2回しかやっていなかった説明会を、毎四半期ごと、つまり年4回行うようになったり。
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いいことなのでしょうけれど、たいへんですよね。
深村
それだけじゃないんです(笑)。全体へ向けての決算説明会以外に、国内外の証券会社、投資家と個別面談をするのですが、その回数も、2011年頃と比べて2倍に増えています。
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へえ、個別に面談。そんな業務もあるんですね。
深村
決算の内容について、さらに詳しく説明したり、つっこんだ質疑応答をしたりします。
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何社くらいの投資家と、するのですか。
深村
年間で、のべ300社を超えますね。
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300社も……。
深村
もちろん私が一人ですべてをやるのではなく、チームで分担します。たいへんですけど、IR担当として、投資家と直接対話できるのは非常におもしろいなって思いますね。
IRから“日産化学らしさ”を
考える。
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投資家のみなさんと直接、面談するのは、どのあたりがおもしろいところですか。
深村
投資家は幅広い企業を見ていて、日本の化学メーカーはもちろんグローバルの化学メーカー、さらには化学だけじゃなく他業種も見ているような投資家もいます。「日産化学はどういう会社ですか」という問いに対して、私から説明して理解してもらえたときはうれしいですし、逆に「他の企業と比べて日産化学は、こんな特徴がありますね」などとお話をいただいて、そこから気付きを得られるのもおもしろいなと思います。
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でも会社を代表して投資家の皆さんと話すのは、難しそう……。
深村
そうですね。投資家の多くは、本当は経営者の声を直接聞きたいんです。でも、経営者がすべての投資家に個別に会うことはできない。だからIRの私たちが、いかに経営層の考えを汲み取って、きちんと伝えるか。そのためにIRチームは、いろいろな社内の会議に出させてもらったり、役員会の資料を見て勉強したりします。
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なるほど。IR担当の話次第で、投資家の皆さんが「なるほど!」と思うか「ちょっとわからないな?」と思うか、左右されるわけですね。
深村
「日産化学は、IR担当者からでも、きちんと会社のことがわかるな」と思ってもらえるように頑張っています。投資家も事前に当社のことをある程度知った上でいらっしゃるんですけれども、当然、すべて正しく理解されているわけではありませんし、中には、「同業他社がこうだから、日産化学さんもこうなんでしょ?」といった間違った思い込みをされている場合もあります。そういうときは、正しい情報を少しでも多く持って帰っていただくように対応をします。
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逆にすごく的確に研究されてくる方もいますか?
深村
もちろんいらっしゃいます。そういった投資家であれば、こちらから逆に「当社のどこが課題だと思われますか」「ベンチマークにすべき会社はどこだと思いますか」と、ご意見を伺うこともありますね。そして、そうしたお話から得た情報を、CFOに伝えます。
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投資家の皆さんって、日産化学をどう見ているのですか。
深村
R&D型企業、研究開発に強いというイメージは浸透していると思います。積極的な株主還元も。新製品が次々に出て、何年も連続して増収増益を達成していることで、企業価値が高く評価され、それは株価にもしっかりと現れています。
私たちが対外的に数字として示せるのは、R&Dに携わる人数比率が高い、R&Dに多額の投資をしている、といったことですが、研究開発を軸として新しい製品を生み出し続けているのは、当社の中に何らかのよい仕組みがあるからだろうなと思うんですよね。それは、採用がいいのか、人事制度がいいのか……。 -
もっと目には見えにくい、社風のようなものがいいのかも。
深村
そうかもしれません。若手社員が「これがおもしろいな。やってみたい」って思ったことを、上司や同僚が否定せずに聞いてくれる文化があるからかもしれません。そんな風に、日産化学らしさって何なんだろう、他の企業と相対的に比べてどう違うんだろう、ということを、IRの観点から考えるのはおもしろいことだと思います。
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そんな深村さんたちの活動が実って、2020年日本証券アナリスト協会「ディスクロージャー優良企業選定」の化学・繊維部門で第1位に選定されたわけですね。
深村
そうですね。株価が順調に上昇を続けてきたことは、もちろん業績が好調だということがベースにありますが、IRチームとしても少しは企業価値評価の向上に貢献できているのではと思います。
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IRって、企業の価値に影響するわけですから、本当に大切なお仕事ですよね。そんな経験を積んでいたら、どんどん知識がついて、成長している実感がありますか。
深村
もちろん、できるようになったなと思うことはあるんですけれども、やればやるほど、もっとここができれば、って思うので「これで十分だ」とはまったく思えないですね。
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そうなんですか!? 上には上があるわけですね。
深村
もっと質の高いIR活動をしていきたいね、とチームで話しています。いろいろ作戦を練っていますよ。
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新人が新テーマを探索し提案する日産化学の研修。そこから新事業が生まれる寸前!?
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「くるみん」「ホワイト500」の認定取得。“働きがい、生きがいにあふれる組織”へ取り組みは続く。
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“子育てと仕事の両立”から、
“子育てとキャリアの両立”へ。
歩み続ける女性社員に聞く。