研究職社員は入社後、3つの研究所のいずれかに配属となり、キャリアを積む。研究者としての道を究める者もいれば、リーダーとなってプロジェクトを牽引する者もいる。
しかし、研究職社員のキャリアステップはそれだけではない。企画開発部、新事業企画部といった部署へ異動し、事業企画を担当する社員が少なくないのだ。ここでは一人の企画担当の声を聞いてみよう。彼は研究所から、本社の企画開発部を経て、現在はシリコンバレーにあるNCA(Nissan Chemical America)サンタクララ事務所で奮闘している。
PROFILE
大塚義和
NCA(Nissan Chemical America Corporation) サンタクララオフィス 有機化学系 修士 1997年入社
次の事業を生み出す。それが私のミッション。
研究所から企画開発部へ。
大塚は初めから“企画の仕事がしたい”と思っていたわけではないという。ただ、大学や就職活動の時から“人のやらないことをしたい”という気持ちは持っていたようだ。
「大学、大学院での専攻は酵素有機化学。金属触媒ではなく生物の酵素を有機合成に使う、ちょっと異端の研究室でした」だが大塚は、就職先に金属触媒専門の日産化学を選んだ。
「そこで酵素触媒を手掛けることができれば、ユニークな仕事ができると考えたからです」大塚は、自分ならではの道を歩もうと模索していた。
研究者時代の大塚 (下段右から2番目)
「入社4年目、本社の企画開発部に異動になりましたが、どうも“今まで金属触媒だけだった合成研究部に酵素を持ち込もうとしている変わったヤツがいるぞ”と目を付けられて、引っぱられたようです」と大塚は笑う。
大塚は、企画開発部でいくつもの新しい技術・材料にトライし、企画部門と研究部門がディスカッションを重ねながら新しい事業を創り上げる面白さを味わった。そして、NCAがシリコンバレーにオフィスを出すという時にオファーを受け、アメリカへやってきたのである。
同じベイエリアにあるスタンフォード大学もたびたび訪問し、研究者と意見を交換する。
微細化。OLED。次は何だ!?
「今、シリコンバレーに来ているのは、“数十億円規模の新たなビジネスを創り出す”ためです」NCAサンタクララ事務所で大塚は話し始める。事務所の窓からは、Intelの本社を始め、数々のIT企業の敷地が広がっているのが見える。今は、次世代の半導体やディスプレイのための材料など、いくつものテーマを考え、さまざまな人に会いに行っているのだという。
「半導体の微細化プロセスのために使われる反射防止膜は、日産化学の主力ビジネスの一つで、『ARC®』という製品で高い世界シェアを持っています。では、この先、半導体の微細化トレンドはどこまで行くのか。いずれ微細化が限界に達するとすれば、次には何が来るのか。カギを握るのはインテグレーション技術だろうといわれますが、だとすれば、そこにはどんな化学材料が必要とされるのか。そうしたことを、カリフォルニア州パロアルトにある研究開発企業の研究者とよく議論して考えています」
「あるいは、あるIT企業の開発者とはディスプレイ技術の話をよくします。今はLCDが全盛で、日産化学もLCDをつくるための配向膜では高い世界シェアを持っていますが、OLED(有機EL素子)のディスプレイが出てきていますし、その次のディスプレイ方式も既に研究が始まっています」そこに材料メーカーとして何ができるのか。開発者と議論をしながら探っているのだ、と大塚はいう。
IT企業を訪問し、ディスカッションを重ねていく。
一人ひとり、切りひらく。
大塚が会うのは、そうしたリーダー企業の研究者だけではない。シリコンバレーには、たくさんのスタートアップ企業があり、そこから次の技術が生まれてくるからだ。
「星の数ほどあるスタートアップの中から、これと思った企業のCEOにも会いに行きます。彼らはアグレッシブでオプティミストです。どこにも出ていない壮大なアイデアを、彼らと大真面目にディスカッションするのは刺激的ですし、楽しいですよ」大塚はそうして、一人ひとり人脈を切りひらいてきたのだ。
「私は当初、シリコンバレーでの人脈なんて、ひとつも持っていませんでした。ここでは日産化学の知名度はありませんから、さまざまな手段を使って、一人ずつ会いに行きます。数分間だけもらったアポイントで、日産化学の技術や製品をプレゼンして興味を持ってもらい、次のチャンスをもらう。その繰り返しです。ずいぶん鍛えられました」
画期的技術やデバイスには、 新しい化学材料が必要になる。
日本では、シリコンバレーで何か良いチャンスに巡り会えばビジネスが始まるとイメージされがちだ。だが、それは違うと大塚はいう。「シリコンバレーに来てわかったことは、ここに答が落ちているわけではない、ということです。ではシリコンバレーに何が落ちているかといえば、パズルのピースのようなものだと思います。どのピースを集めて、どう組み合わせれば、一つの完成品が生まれるのか。それを考え、提案していくのが、われわれ企画担当の仕事です」
画期的なIT技術や電子デバイスが実現される際には、必ず、新しい化学材料が必要になるはずだ。「ここから、近い将来、必ず新しいビジネスを提案し、実際に形にしていきますよ。私自身がとてもワクワクしているんです」と大塚はいう。NCAにサンタクララ事務所を設け、大塚らを送り込んだ日産化学。それは決して唐突なことではない。
日産化学は、高付加価値を生むために研究開発や事業企画を最重要視し、それを担う人材の育成に注力し続けてきた。彼らは、それぞれの場所で新しい価値の創造に挑んでいる。その一人が大塚なのだ。事業を企画し、生み出すという仕事。大塚は今、その難しさと面白さをシリコンバレーで最大限に味わっている。