My Never-ending Chemistory

次世代材料研究部は、文字通り、それまでにない材料を生み出そうとする部だ。新材料の開発がスタートする、一つのケースとして「スゴイ化合物ができたが、どんな用途で、どんな業界に使ってもらえばいいのだろう」といったケースがある。M.S.が担当しているゲル化剤も、まさにそんな材料。彼女は、どのように新材料を世に送り出そうとしているのだろうか。

高校生だった私は、いつも読んでいた『Newton』でドラッグデリバリーシステムの記事に興味を持った。たまたま家から近い大学の研究室が載っていたので、高校の授業が早く終わった日に行ってみた。研究室をトントンとノックして先生たちと話をした。私は何でも、考えるより先に動いちゃうタイプだ。

私は結局、その大学、その研究室に入ったのだが、それでも初めは研究者になるとは思っていなかった。何にも考えないで手当たり次第に実験して結果も得られなくて、先生に呆れられたりしていたが、予測をして計画的に研究を進められるようになると、結果も付いてきておもしろくなってきた。そのうえ学会が楽しかった。発表すると気持ちいいし、いろいろな先生と話せるし。研究者になるのもいいな、って思うようになった。

就活では、CMで名前を知っている会社をドンドン受けていったが、どこの面接に行っても、誰も書類ばかり見ていて「私の話聞いてくれてるのかなー」と手応えがなかった。日産化学では、誰もが目を見てうんうん頷いて聞いてくれて、研究のこともレベルの高い質問続出で楽しかった。「ここだーっ」と。私は決めるのが早いタイプだ。

大学で学んだこと

遺伝子治療の実用化のためには、治療用のDNAを細胞核内まで送達するキャリアの開発が必要だ。そこで多種の高分子を扱って研究。核移行型遺伝子デリバリーの構築に成功した。大学・大学院ではずっと高分子で、入社後手掛けているのは低分子。周りの研究員とは全然発想が違うようで、新鮮な見方をするなあ、と感心されたりする。

今取り組んでいる「ナノファイバージェル」には、入社1年目の途中から関わっている。この製品は、水を固めてゲルができる、世界初の低分子ゲル化剤だ。女性である私がチームに入ったこともあって、化粧品業界に積極的に営業をすることになった。単に「ゲルになりますよ」だけではなかなか突破口がなかったが、化粧品メーカーの研究者の方々から聞き出していくと、機能性化粧品添加剤としてニーズにナノファイバージェルが応えられるのではないかと考え始めた。

ナノファイバージェルの成分は「パルミトイルジペプチド-18」という。ファンデーションに少し入れると肌のテカリを抑えられる。美容液に入れるとビタミンCなどの有効成分が浸透しやすくなる。そんな機能を見いだし、実験してデータをとって、化粧品メーカーに持って行く。「良いデータですね」と興味を持ってもらったり、「これでは他社の材料と違いが分からない」とダメ出しをもらったり。研究者が営業するってこういうことか、ってわかり始めた。いかにスピーディに顧客の研究の役に立つデータを出していけるか。学生時代に“サプライズ隊長”と呼ばれて人を楽しませるのが大好きだった私にとって、やりがい満点だ。もちろん学生の時みたいに甘くはないけれど。

私を取り巻く環境

入社して最初の上司から「人脈を大切にしなさい」と言われた。その時は正直よくわからなくて「研究さえ一生懸命してればいいのでは」と思っていた。材料開発に本格的に関わって、顧客メーカーも含めさまざまな人に会っている今では、「やっぱ人脈だなー」と思う。人につながって信頼されなければ、研究も何も進まないのだ。

研究では、テカリを抑えるとか、さらさらするとか、そんなニーズに対応したデータを出すにはどんな実験系を組めばよいか、自分で考えて実行していく。たとえば、“テカリを抑えるソフトフォーカス効果”をどうデータにしようかなと思ったら、ふと隣のディスプレイ研究部に反射光測定装置があるのを思い出して、借りてみたり。みんなで手のひらに着けて「なんかさらさらするね」って言っていたら、化粧品メーカーで”被膜による保湿効果”というニーズがあると聞けて、摩擦テスターでさらさら感を示すデータを取ってみたり。ニュアンスや感覚をデータで示すためにさまざまな実験を重ねていく。

ある化粧品メーカーでは、具体的に話が進み、採用に近いところまで行っている。化粧品のケースには入っている成分を全部載せる規則がある。だからそのメーカーの製品にナノファイバージェルが入ったら、パルミトイルジペプチド-18と載るはずだ。そうなったら私、大人買いすると思う。

実はこのナノファイバージェル、日産化学では約10年前から研究してきた材料だ。私はそれがある程度形になってから関わっているが、以前の研究者たちがつくった資料を読むと、苦しくて開発ストップ寸前の時期もあったみたいだ。私は、歴代の研究者たちからバトンを受け取っている。だからこの製品をぜったいに世に出さなければ、と強く思う。いずれ、すべての化粧品の成分表に、水やグリセリンと同じようにパルミトイルジペプチド-18が当たり前に入っているようにしたいと思っている。

My Never-ending Chemistory

まさか化粧品材料を研究して、
売り込みに熱中しているとは。
想像を超えていて、楽しい。