My Never-ending Chemistory

「液晶配向膜」は、ポリイミド樹脂を原料とし、液晶分子を一定方向に配列させるための膜だ。すべての液晶ディスプレイに欠かせない製品。いわば、液晶ディスプレイの技術革新を支え、巨大な市場を左右する存在でもある。そうした最先端の研究開発で奮闘する研究者S.W.に話を聞いた。

私たちの日々の研究は、配合を考え、液晶配向膜をつくっては、ディスプレイのサンプルを製作し、評価をすることが中心。よいサンプルができれば、ディスプレイのメーカーへ届け、評価をしてもらい、また次のサンプルをつくっていく。多くのメンバーが関わり、スピード感をもって試行錯誤を繰り返しながら製品化へと進む。私は、デジタルデバイスの研究開発の最先端にある、そんな熱気が好きだ。

私たちが研究開発している液晶配向膜は、液晶分子を制御する膜。厚さはわずか100ナノメートルだが、液晶ディスプレイの性能を左右する存在で、液晶ディスプレイと同様に目まぐるしいスピードで進歩している。

その進歩を表す特性のひとつが「応答速度」。高まるほどに滑らかに動画を再生できるディスプレイになるのだが、液晶自体の応答速度が高まれば、液晶配向膜にも、それを支えるための進化が求められる。でも、ひとつの特性を補えば解決するわけではない。配向膜には多くの特性が求められていて、何かを改良すれば何かが悪くなるトレードオフがつきものだから。研究では、常に視野を広く持ち、全体のバランスを考えた総合的な判断が求められる。

大学で学んだこと

学部の時に、ポリウレタンやナイロンをつくったことで、“モノをつくる”楽しさを覚えた。院では高分子化学の研究室へ進み、診断薬への応用を指向した高分子微粒子の作製を研究していた。現在の仕事と分野は異なるが、実験の進め方、データの捉え方、資料のまとめ方など、学んだことが活かされていると思う。

まだ駆け出しの頃に手掛けた私の仕事が、思いがけず製品化に結びついたことがある。

テレビやスマートフォンといった液晶ディスプレイでは、周囲の“額縁”といわれる部分を細くすることが大きなテーマの一つ。私が取り組んだのは、そのために必要な特性を検討することだった。一般的な液晶ディスプレイは、液晶配向膜を塗った2枚のガラスが液晶を挟み込む構造だ。周囲は液晶が漏れないようにシール材で密封されているが、額縁が狭くなると、周囲の“のりしろ”が無くなる。それなら液晶配向膜の上にシール材を密着させガラスを密封したいところだけれど、液晶配向膜とシール材は密着せず剥がれてしまうのが“常識”だった。

私は、「密着」とは?「剥がれる」とは?という基礎から調べていった。剥がれ方は、力のかかり方によっても異なる。力学から勉強をし直し、液晶配向膜とシール剤が剥がれている状態をしっかりと観察し、検討を続けた。その結果、密着力を高める手法を発見することができた。「一つ一つの小さな現象を見逃さないように」と上司に指導を受けていたし、駆け出しならではの“知りたい”という気持ちも強かった。それらが結果的に“常識を疑う”ことになり、新技術に結びついたのだ。

私を取り巻く環境

私はリーダーと後輩の中間の年代になってきたので、チームがもっとうまくいくための役割を果たしたい。後輩が先輩に質問をしやすいかどうかは、チームの雰囲気次第だと思うし、そういった何げないことも、チームの成果を変えると考えている。

今では、密着性を高めることができる「狭額縁用液晶配光膜」が量産され、市販のディスプレイに使われている。自分が関わった材料が世の中に出て、役に立ち、会社の売上にも貢献できていることは、素直にうれしい。

けれど、液晶ディスプレイの開発シーンは、停まってはくれない。額縁はさらに狭くなろうとしているし、透過率を高めるなど新しいトレンドも出てきている。今、私たちはそうした新たなテーマで研究開発に取り組んでいる。

入社間もない頃、私は、先輩たちを見て「すごいなあ。見習いたい」と思っていた。成果が出ない時でも決してあきらめず、次々と化合物の配合を変えたりしながら粘って成果につなげていく姿を見ていたからだ。今は後輩もできて、私自身が見られる立場だと思うと、「しっかりしなきゃ」という想いがある。

最近では、これまでは先輩たちに任せていた、国内外の取引先メーカーへ出かけてプレゼンをするような機会も増えた。プレッシャーもあり、研究だけに打ち込んでいればよかった駆け出し時代が懐かしいなあと思うこともあるが、今の環境も、また一つ自分が成長できる機会なのかな、と考えている。

My Never-ending Chemistory

自分の関わったディスプレイが、
世の中に出ていく。
そしてまた次のテーマに挑む。