My Never-ending Chemistory
事務系
国内営業(化学品) 化学品事業部 基礎化学品営業部
化学品の営業担当が
求められること、得られること。
アンモニア、尿素、硝酸、硫酸などの基礎化学品は、長年にわたってさまざまな産業で幅広く使われ、日本の産業界の基礎を支えている製品である。K.S.は事務系社員として入社し、そうした基礎化学品の一つ、硝酸の営業を担当している。国内の硝酸メーカーはわずか4社*。その1社として日本の産業を支える日産化学の化学品営業とは、どんな仕事なのか。それは、一般的にイメージされる“ものを売る”仕事を超えるものだとK.S.は語る。(*2026年6月時点)

硝酸と聞いても多くの人にはピンとこないと思う(私も入社するまでそうだった)が、驚くほど幅広い産業で利用されている製品だ。自動車関連や電子部品関連、食品関連のメーカー、農業や建設、最近ではレアアースで注目されているリサイクル業界など、挙げ始めれば際限がない。
私が営業として担当しているユーザー企業は約1,000社ある。とても多いため、実際の取引は商社を通じて行っており、私の日々の商談相手は商社が中心となる。取引先となる商社は、約30社。それぞれが数十社ずつの販売先を持っていて、合計が約1000社になるわけだ。ほとんどは長年取引している顧客で、私は東日本全域を担当し、西日本を担当する社員と2名で日本全体をカバーしている。
“取引先に対して長年ずっと同じ製品を販売し続けているなら、ルーティーンのような営業活動だろう”と想像するかもしれない。しかし実際には、取引の量や価格などは、毎回同じではない。「この時期に、この量を、この価格で買いたい」という要望と、こちらの提示できる納期や価格をすりあわせ、的確な判断をしていくのは、簡単ではない。しかも、その「この時期に、この量を、この価格で買いたい」を待っているだけでは、仕事とは呼べないのだ。
硝酸の需要は、硝酸を使う業界やユーザー企業の動向が左右する。だから、業界紙や取引先の決算報告書などに目を光らせ、「このユーザーでは硝酸を使う製品の生産を少し抑える予定のようだ。ならば来期の注文は減るかもしれない」などと見通しを立てる。さまざまな面から情報収集し、見通しが正しそうなら、硝酸の生産拠点である富山工場に生産量の調整を依頼する。逆に、需要が伸びそうな情報をキャッチすれば、生産量や在庫を手厚くするよう依頼する。情報が早くて確かであるほど、適切な準備ができる。実際に変化が起きてからでは、対応できることに限りがあるからだ。
そうした情報は、一人で集めるだけでは限界がある。商社の担当者と日頃から良好な関係を築くことで、「あのユーザー企業の○○工場では来期、増産を目指しているようですよ」といった生きた情報が入ってくる。それをもとに協力して販売戦略を立て、うまく納品にまで結びつけば、商社と日産化学がWin-Winとなり、信頼関係ができてくる。
近ごろ私も、こうした情報を集める力や生かす力がついてきた実感がある。少しずつ成長できているのかな、と思う。

私を取り巻く環境
硝酸はさまざまな産業を支えている必需品だが、日本の硝酸メーカーは現在、日産化学を含めて4社しかない。メーカーとしての供給責任がそれだけ大きい製品なのだ。事業部全体が、日本のさまざまな産業を支える製品を供給している、という責任感に満ちている。そんな環境の中での仕事がやりがいになっている。
時には、日産化学側の都合で、関係先に協力を要請することもある。例えば、工場の定期修理や点検保全のために設備を停止する場合だ。工場や中継地と連絡をとって、正しい在庫数量を確認し、停止期間中の過不足を精査、状況に応じて在庫転送、外部からの調達などの対応をとる。また、そのつど、商社を通じて取引先への報告や相談をする。
そうした対応では、自分がハブになれるかどうかが問われる。自分に正しい情報が集まる状態をつくれるか。そして、自分から的確な情報や指示を発信できるか。いわば、関係者のまん中に立ってしっかりと旗を振る役割を果たせるかどうか、だ。“できたものを売る”だけが営業の仕事ではないのだ。
そのために求められるのは、スキルだけではない。ベースには、誠実さ、真摯さといった、いわば人間力が必要だと感じている。
私の基礎をつくっているのは、入社後、最初に配属された富山工場での経験だ。事務系社員として工場で私が担当したのは、製品の生産管理という仕事だった。
本社から来る「いつまでに、どこへ、どれだけの製品が必要」という情報をもとに、プラントの稼働状況や人員、原材料の在庫や仕入れ状況といったさまざまな要素を検討して、本社にも製造現場にも納得してもらえる生産計画をつくる。社内の技術職社員との連携はもちろん、物流関係会社との折衝も必要だ。
現在営業として担当している硝酸は、当時担当したプラントのうちの1つ。年間の生産量も金額も大きいプラントだけに、若手社員には責任重大な仕事だったが、そのぶん鍛えられた。忘れられないのは、トラブルが発生しプラントの操業が長期にわたり停止したことだ。いつ設備が復旧し製品を出荷できるのか、それまでどのような方法で機会損失を最小限に抑えるのか。上司の助けを得ながら、本社とも毎日のようにやり取りをした。
正常な状態に戻るまでの、緊張感のある日々。それは到底、若手社員のスキルだけで切り抜けられるものではなく、全力で誠実に真摯に取り組むしかなかった。そうした工場での経験が、今の私の営業スタイルに大きく影響している。

入社のきっかけ
化学メーカーを選んだのは、大学生活で化学に興味を持つきっかけがあったからだ。私は三味線を演奏するサークルに属していた。三味線の糸(弦)は伝統的に絹でできているのだが、切れやすいので、学生にとっては高額な出費となる。それを救ってくれたのが、化学繊維製の糸だった。切れにくく、切れても比較的安価なので、思いっきり練習できた。身近なところで化学の力を感じたことが、化学メーカーに入社するきっかけになった。
私が日産化学に入社を決めたのは、接した社員から誠意や真摯さを感じたからだ。
就職活動では当初、業種・職種を絞っていなかった。ただ、“いろいろなタイプの人と一緒に仕事をして、さまざまな経験を積みたい”という軸はあった。メーカーなら、研究、製造、営業、管理と幅広い部署があり、事務系社員も多様な人々と接して仕事ができると知り、メーカーを中心に考えるようになった。
中でも日産化学では、事務系社員の育成方針として“工場管理・営業・財務など複数の部署を経験してゼネラリストを育てる”と聞き、私の希望にピッタリだと思った。世間では、一つのスキルをスピーディーに身につけ、それを武器に企業を渡り歩くようなキャリアプランを選ぶ人も増えているように見受けられるが、私はさまざまな仕事を通じて幅広い力を付けたいと考えていたからだ。実際、入社後に工場での生産管理と現在の営業担当を経験し、望んでいたキャリアが実現しつつある。
ユーザー企業の購買担当の方を訪問したとき、「御社の○○さんはお元気ですか?」と親しみを持って聞かれることがある。基礎化学品では取引先との関係が数十年にわたって続いていることが多く、その「○○さん」は、私の何代も前の担当者で、現在はベテランの幹部社員だったりする。その大先輩が20〜30年前によい関係を築き、代々の担当者が信頼を引き継いで、今の私につながっている。そうした環境の中で、私も日本の産業を支える製品を扱い続けていく。それは、大きな責任を感じるとともに、やりがい、充実感の得られる仕事だ。
今後は、もっとさまざまな経験をしたい。それによって、もっと力を身につけ、周りに応援され頼りにされる人材になることを目指している。そして、組織や事業を引っ張る存在へと成長していきたい。この基礎化学品営業は、そうした目標へ着実に進むことのできる仕事だと感じている。

