My Never-ending Chemistory

薬学系人材の企業への就職と聞いて、多くの人が一番に思い浮かべるのは、医薬メーカーの研究職だろう。研究職以外では、医薬品の営業販売に関わる医薬情報担当者(MR)や管理薬剤師を思い浮かべる人もいるかもしれない。だが、研究職でも管理薬剤師でもない道がある。それが、品質保証という分野だ。R.M.は、“医薬品もつくっている化学メーカーで品質保証の職務に就く”という道を選んだ。あまり知られていないその職務について、話を聞いた。

私の卒業した薬学部では、薬剤師として病院や薬局に勤めるOB/OGが多い。企業へ就職する場合は医薬品メーカーがほとんどだ。だから同窓会に出席すると、後輩たちからよく「化学メーカーでいったい何をしているんですか?」といった質問を受ける。「化学メーカーの中にも医薬品を作っている会社があって、薬剤師の資格を求められる仕事もあるんだよ」と話をすると、たいてい「知りませんでした」と返ってくる。さらに、「そこには品質保証という仕事があってね」と話をしても、想像することすら難しいようだ。
では私がどうして、“薬剤師の資格を持って、化学メーカーの品質保証の仕事をする”道に進んだのかといえば、研究室と母からの影響が大きいと思う。
研究室では、厚生労働省や関連団体で仕事をしてこられた教授のもと、薬事関係法規や薬剤経済学などを勉強した。それによって私の目線は、病院や薬局だけではない薬剤師の役割へと広がった。一方、母は、私が物心ついたときから病院薬剤師だったのだが、就活の時に相談をしたら、実はそれ以前には化学メーカーに勤めていたことを初めて聞かせてくれた。私は医薬メーカー以外の企業も選択肢になることを知った。 そうした影響から、私は医薬メーカーに併せて化学メーカーも受験をした。日産化学は当時、化学メーカーでありながら医薬の開発剤を何種類も持っていて、面白い会社だと感じた。それに、医薬メーカーでは、大勢の薬学部出身者の中に埋もれてしまうかもしれないけど、化学メーカーなら、薬学系出身の社員が少なく、自分の専門性を発揮して活躍できるのではないかとも思った。入社後、私はその予想が当たっていたと実感することになった。

工場を監査中。現場の社員に説明を受けながら、さまざまな観点からチェックをしていく。

大切にしていること

品質保証の仕組みをつくったり、ルールを定めたりしている中で、私たちは直接、製品をつくり出せるわけではないことを痛感することがある。実際に製品を開発するのは研究所の社員であり、それを製造するのは工場の社員。であれば、大切なのは、彼らにいかに前向きに品質保証に取り組んでもらえるか。よりよい品質を持った製品をつくるために、気持ちよく取り組める。そんな仕組みと風土をつくることが、私たち品質保証部門の役割だと考えている。

入社した私は、本社の品質保証の統括部門に配属された。後から知ったのだが、これは例外的な配属だったようだ。
薬学系社員が品質保証関係の職務に就く場合、普通は、研究所で分析技術を身につけた上で、工場で品質保証/品質管理の職務にあたる。その経験の後に、一部の社員が、本社に異動して品質保証の統括をする職務に就く。私が最初から本社勤務という異例のコースになったのは、きっと専門が薬事関係法規だったからだろう。
本社の品質保証の部署では、複数ある工場や研究所の品質保証業務を統括する立場として、各現場での品質保証の仕組みがきちんと機能しているかを監査する仕事が中心となる。製品や原料の製造委託をしている場合は、委託先の会社に対しても監査を行う。また、申請に係る業務もある。たとえば、日産化学が関わっている医薬品を、パートナーである製薬メーカーが申請することになれば、日産化学の原薬の化合物も申請をしなければならない。そのための資料やデータ、申請に係る書類の信頼性を確保するのも、私たちの仕事だ。
入社後の数年間、私は大きな課題を抱えていた。配属の経緯が経緯だけに、本社から工場などへ働きかけていく立場でありながら、そうした現場での品質保証業務をよく分からなかったのだ。
工場の品質保証業務では、実際に製品をつくっているプラントに関わりながら、数々の分析機器を駆使して、製品の品質を顧客に保証することがベースとなる。プロセスエンジニアら生産技術職の社員と協働して、モノづくりに参加することも多い。
そうした経験を持たなかった私が、工場の品質保証業務を統括する仕事をなんとかやってこられたのは、人に恵まれたからだと思う。工場の先輩社員たちにとっては、私のような知識・経験の少ない本社の若い社員を相手にすることは手間のかかることだったはずだが、そのつど、製造の設備や仕組み、品質保証室の機器や体制などをていねいに教えてくれた。本社の上司や先輩は、私の能力や性格を見極めて、合ったテーマを与えて仕事を任せ、見守ってくれた。そうした恵まれた環境で、社内外の多くの人と関わりながら経験を積むことで、私は一歩一歩成長してくることができた。

3人の子どもと芋掘り体験に熱中。オンとオフのメリハリを付けられる今の環境が、私には合っているようだ。

私を取り巻く環境

私はこれまで、産休と育休を2回取得した。2回目は双子だったので、現在では3人の子どもを育てながら仕事をしている。社内では理解のある上司や同僚が多く、自宅では夫の協力もあり、復帰した年から出張に行かせてもらうなど、仕事にも打ち込むことができている。
日頃、家庭で価値観のまったく異なる子どもたちとコミュニケーションをとっていることが、仕事で社内外のさまざまな立場の人たちとコミュニケーションをすることと、相互にプラスになっていると思う。

さまざまな経験を積むことで、私は、品質保証の業務をひととおり理解することができた。しかし、それだけで品質保証のプロとして優れた仕事ができるわけではない。品質保証を実現するためには、知識だけではない力が求められるのだ。
工場などの現場に対して監査を行い、「今の仕組みでは、品質保証上、認められません。改善してください」と指摘するだけでは、物事が動かないことがある。時には、「それを行うとこんなに業務の負荷が高くなる。どうして、そこまでする必要があるのですか」といった反論を受けることもある。だからといって、こちらがあきらめて引いてしまえば、万が一、何らかの品質的な問題が起こってしまった時に後悔することになるだろう。
大切なのは、「この状態では、こういうリスクがあるから、こういう状態を目指していきましょう」と共有すること。そして、それを改善していくにあたって「こういう方法で改善していけばどうでしょうか」と提案をできるかどうか。よい提案ができれば、相手から「何とかしなくてはいけないと思っていたが、現実的には難しかった。その方法ならできそうです」などと納得して取り組んでもらえる。そうしたやり取りを経て、製造の現場がより良い方向へ向かいはじめると、大きなやりがいを感じる。監査は問題点を指摘すること自体が目的ではなく、より良い方向に改善していくことを目的とする活動なのだ。

近ごろ、私の業務は広がりを見せている。入社以来ずっと担当してきた医薬品の品質保証に加え、他の分野の製品の品質保証も担当するようになったのだ。日産化学の特徴の一つは、事業の幅が広く製品が多岐にわたること。その中の機能性材料製品、たとえば半導体材料製品、ディスプレイ材料製品、無機コロイド製品も、今では私が担当している。
製品の分野が異なれば、法令や規制、また顧客からの品質要求などがまったく異なる。自ずと品質保証に関する考え方も違ってくるため、医薬品でのやり方を押しつけるわけにはいかない。中には、医薬品のような明確なガイドラインがない分野の製品もある。そうした中でも、私たち日産化学の製品としての品質の高さを守るためには、私たちならではの制度やルールをつくっていく必要がある。そうした仕組みづくりに、私自身も部署のメンバーも、試行錯誤しながら取り組んでいる状況だ。
今、私たちの部署が掲げている大きなテーマは、“品質文化の醸成”だ。いくら仕組みや文書があっても、それだけで品質が守られるわけではない。仕組みを動かすのは、人。だから、品質を企業文化として根づかせ、高めていけるかどうか、中長期的な視点を持った活動が求められている。
そうした視点を持てば、取り組むべきこと、取り組みたいことが、どんどん見つかる。品質保証グループも私自身も、まだまだ成長の余地があるのだ。これから品質保証のプロとして、私たちの部署が、そして私自身が、どんなふうに成長できるのか、楽しみでならない。

My Never-ending Chemistory

品質保証のプロとして、
“品質”を企業文化として
根づかせ高めたい。