My Never-ending Chemistory

農薬は、世界の食料生産に欠かせないものだが、環境中に散布されるとともに、作物等を介したヒトへの曝露が想定されるため、安全性の徹底的な追求が必要だ。農薬の研究開発には約10年という長い期間を要するが、そのうちの多くの年月を安全性の検証に費やす。安全性研究はそれほど重要なのである。
日産化学の安全性研究部には、さまざまなバックグラウンドを持つ研究者が集まり、専門性を活かして活躍している。その一人、薬学部で毒性学を学んでいたY.N.に話を聞いてみよう。

私は薬学部出身で、現在は主に農薬の研究開発に安全性研究の面から携わっている。しかし、就活を始めるまで、農薬研究に携わるとはまったく想像していなかった。
そもそも薬学に興味を持ったキッカケは中学生の頃。マンガやドラマのミステリーが好きで、それらに登場する毒物を調べているうちに、青酸カリのような、いかにも毒物っぽい物質だけではなく、身近な物質でも摂取の仕方しだいで毒物になり得ることを知った。そのことが意外で、毒性学に興味を持った。

高校生の時に、大学の薬学部で毒性学が学べると知り、薬学部への進学を決めた。大学では、生物薬剤学の研究室で、医薬品による肝毒性の機序について研究していた。
大学の同期の進路はいろいろだった。薬剤師として病院や薬局に就職した学生もいたし、研究職をめざして医薬品や化粧品、食品のメーカーへ、また私のように化学メーカーへ進む学生もいた。今思えば、そうしたメーカーではいずれも毒性評価が必要になる。私がたまたまミステリーをキッカケに知った毒性学は、その時には想像もしなかったが、幅広く活躍の場がある選択肢だったのかもしれない。

日産化学という会社や農薬の安全性研究のことは、就活をしていて初めて知った。大学での経験から、自分は一つの研究テーマに一貫して自分で関わりたいと思っていたので、日産化学では少数精鋭で仕事が細分化されすぎず、一人一人が担当できる仕事の幅が広いと聞いたことが決め手になった。

大学で学んだこと

薬の中には、劇症肝炎などの薬物性肝障害を起こすものが報告されている。私が属していた研究室では、そうした肝障害が起こるメカニズムを研究し、そのメカニズムに基づいた非臨床の場での評価系をつくろうとしていた。私の研究内容は、胆汁うっ滞性の薬物性肝障害の機序を解明するために、胆汁酸の硫酸抱合阻害による影響や胆汁酸によるミトコンドリアへの影響を調べること。自分のやりたいテーマを自分が主導して取り組むことのできる研究室だったので、興味のある研究をやりきることができた。

私が配属になった安全性研究部 環境科学グループの主な業務は、分析だ。私は大学でLC-MSなどの分析機器を使ったことはあったが、業務として農薬の残留分析を行うとなると、話は別。土や作物から化合物を抽出し、夾雑物を取り除くために精製をする、といった分析工程も、もちろん経験がなかった。
添加回収試験という、検体に自分で化合物を添加して濃度がわかっている状態から、抽出・精製・機器分析して回収率を確認する試験があるのだが、最初の頃は、その回収率がキチンと出せない。経験の引き出しがないので、原因もわからない。最初は先輩から「こういう可能性が考えられるよ」と示唆をもらいながら、一つずつ自分でやってみる。試行錯誤していくうちに、徐々に手応えが出てきた。

2年目に入る頃、新たな農薬の候補に上がってきた化合物の主担当になったのは、大きな経験だった。
その化合物の環境動態を調べるために、土にかけてどれくらい減っていくか、水でどれくらい加水分解していくか、光を当ててどれくらい分解するか、といった分解試験を行っていく。さらには、動物に投与するとどうなるかという代謝試験も行う。そうした試験のすべてを、自分の立てた計画で進めていく中で、それまでは点でしかなかった個々の試験が、開発の流れとして見えてきた。
自分が候補化合物の主担当になると、その化合物を合成して創り出した物質科学研究所の研究者とのやり取りも増えてくる。協働する研究者の仕事や想いも知ることで、より視野が広がってきたと思う。

私を取り巻く環境

入社前の研究所見学の時から風通しのよい雰囲気を感じていたが、実際に入ってもその通りだった。
業務の中でちょっと悩むことがあっても、すぐに遠慮なく上司や先輩に相談できる。また、何か思い付いたときに、「こういうことをやってみたいのですが」と申し出ると、「いいね。やってみよう」と背中を押されることが多く、自由度が高いなあと思う。さまざまなバックグラウンドを持った研究員がいて、それぞれの知見が大切にされている。私の薬学でのバックグラウンドが役立っていると実感できるのも、うれしい。

試験が滞りなくできるようになっただけでは、安全性研究の担当として、まだ実力不足だ。難しいのは、“判断を下す”こと。農薬の研究開発では、物質科学研究所で生み出された候補化合物を、私たち安全性研究部が安全性を評価し、結果によっては開発を止める判断を下すことになる。私には、まだ自分一人で判断はできないので、データが出るとグループ内に共有し、意見を聞きながら進めていく。研究者が長い年月、努力をして生み出した化合物だけに、私たち安全性の研究者は、納得できるデータを示さなければならない。

私が初めて担当した化合物は、残念ながら安全性の課題をクリアできず、開発が止まってしまった。だが、その化合物群の中から、引き続き研究開発が進んでいるものがある。そうして開発の初期から自分が携わった化合物を、新しい農薬として世に出すことができたら、うれしいだろうなと思う。
そのためにも今後は、化合物の安全性を評価し判断するだけではなく、化合物が抱えている毒性発現の要因をできるだけ早い段階で明確にできる評価系を組み立てることや、課題をクリアできる可能性のある化合物デザインを提案することで、テーマの推進に貢献できるようになりたいと考えている。

私は今、通常の開発業務以外のテーマにも取り組んでいる。新しい手法として、植物の酵素を用いたin vitro評価系を構築することだ。
安全性研究部の植物の代謝試験では、植物を育てて農薬を散布し、収穫後に抽出・精製を行って代謝物を測定する。だが、時間と手間を要し、また夾雑物が影響してしまう場合がある。
部内の動物の代謝試験では、肝臓から抽出した酵素を使って農薬を代謝させるという試験が、すでに行われている。私は、それを応用して、植物から酵素だけを抽出して農薬を代謝させる評価系ができないかと考え、自発的に研究を行ってきた。
まだ、植物から抽出した酵素の活性が低いという課題はあるが、なんとか実用化したい。研究所内でも期待されており、これからの安全性研究にきっと役立つはずだと思う。

My Never-ending Chemistory

安全性の研究から、
新しい農薬の開発に貢献したい。