My Never-ending Chemistory

農薬原体の創製研究は、0から1を生み出す仕事だ。新たな農薬となる可能性を秘めた化合物を見出したとしても、製品化までたどり着ける研究者は、何十人に一人という世界である。今、一つ目のテーマに取り組んでいるK.N.は、大胆にも「研究者人生で2つ成果を出したい」と語る。K.N.の想いとは。

大学の時から有機化合物の構造式をフリーハンドで丁寧に書くのが好きだった。そんな単純な動機で辿り着いたのが、有機合成を駆使して狙い通りの化合物を作り出していく研究職。その意味で、私は運に恵まれている。

けれども、自ら合成した有機化合物が製品化されるためには、はるかに大きな幸運に後押しされる必要がある。新しい農薬の創製研究とはそんな世界だ。
私は入社当初から探索研究に携わっている。有機合成を駆使して化合物を合成していくという実験そのものは、大学院時代と変わらない。ただ、標的とする化合物を合成すること、そのものがゴールだった大学院時代とは大きな違いがある。それは自ら合成した化合物の農薬活性がわかること、そして、もっと性能を高めるために化合物デザインを再考し、課題を解決していくことである。さらに、企業では必ずテーマの進退を判断する時期がやってくる。日々行う実験の一つ一つに意味を感じ、向上心をかきたてられている。

今の研究では自分のアイデアが枯渇することに常に恐怖感を抱いている。そんなときは手を動かしている。実験をするときもあるし、落書きのように構造式を書いている時もある。ノートにきちんと描くのではなく、そのあたりにある紙の裏に何でもいいから思いつくままに構造式を描くことが多い。そうしているうちにアイデアが湧き出てくる。自分はつくづく手で考えるタイプだと思う。

大学で学んだこと

海洋生物がつくる複雑な天然物の解明に取り組んだ。天然物に多く共通してみられる有機化合物テトラヒドロピラン環、その部分構造を立体選択的かつ効率的に合成する反応の開発に取り組んだ。簡単ではなかったが、試行錯誤を繰り返す中で新しい方法を見つけることができたことで、大きな達成感と自信を得られた。

どんなに優れたアイデアが出たとしても、自分の研究成果を製品化まで持ち込める研究者は、何十人に一人しかいない。入社直後のセルフスタート研修で取り組んだテーマをきっかけに発想した化合物がステージを進みつつある私は、とびきり恵まれている。

このテーマに関わって7年が経った。化合物のデザインをさまざまに検討し、ようやく次のステージに辿り着いた。活性面は担保されたから、次は安全性の試験が待ち構えている。コストもさらにシビアに考え、安価な製造法の検討も要求される。

農薬の活性試験や安全性試験には化合物の量が必要になる。大学院時代は数mgの化合物が合成できればよかったのに、入社していきなり数十gが求められたのは未知の世界で、ワクワクしたものだ。今後は、圃場で試験できるだけの化合物を供給しなければならない。わずかな量でよければ、原料コストが少々高くとも問題にはならない。収率が低くても、力づくで合成することも許される。けれども、将来の製品化を視野に入れるなら、そうした合成法では通用しない。農薬は、いくら性能が高くても高価すぎては製品にならない。コストがシビアに問われるのだ。企業の研究とはこういうものなんだな、と最近ようやく実感してきた。

私を取り巻く環境

ストレスを感じた時には、スポーツで体を動かしたり飲みに行ったりして発散していたが、最近子どもが生まれ、大きく変わりそうな予感がする。子どもと過ごす時間が、これからの自分にとって最上・最良のストレス解消法になりそうだ。

次は化合物をkgスケールで供給することが必要になる。もはやラボでフラスコを振っているだけでは調達不可能である。さらに次の段階では何倍ものスケールアップが要求される。そして本格開発が近づけば数百kg単位のサンプル供給が必要であり、プラントについての知見も求められる。画期的な農薬であればあるほど、製造プロセスも含めて開発していく必要性が高まるのだ。

あと1年で今の課題を解決して、ステージアップを達成することで、着実に本格開発に繋げていきたい。上市をめざした本格開発の検討は、農薬研究部から合成研究部へと担当が移る。そこからの道のりも長く険しい。1つの化合物が農薬として世の中に出るまでには、最低でも10年くらいの長い時間がかかる。だから研究者の誰もが経験できる世界ではない。けれども日産化学には、新たな農薬を2つ送り出した研究者が、数人いる。1つでも難しいのに、2つも送り出す人はオーラがあり、何を語っても説得力が違う。私も、そんな研究者に憧れ、人生で2つ以上新しい農薬を生み出すことを目標にしている。

世の中にはまだ、現在市場にある農薬だけでは防除できない病害虫や雑草が残っており、優れた新しい農薬が求められている。それに対応できる製品をつくっていくことは、少し大げさだけれど、自分が人類に対して貢献することになると信じている。だから今日も明日も、私は構造式を描き続け、考え続けていこうと思う。なんといっても、自分で描いた画を実現できるのが有機化学の醍醐味だと思うから。

My Never-ending Chemistory

開発のステージが上がるたびに
難易度が増す。
その難しさを楽しみたい。